一四年間食を絶った霊媒の生涯
どんな伝承か
今からおよそ八十年ほど前に実在した長南年恵は、一四年もの間、飲食物を取らず、大小便などの生理現象もなかったと伝えられる。戸籍謄本によれば本名は登志江と書き、本籍地は山形県西田川郡稲生村大字八日町乙八十六番地、現在の鶴岡市陽光町の辺りである。文久三年十月二十六日、父寛信、母美江の長女として生まれた。父は庄内藩士だったが維新で零落し、年恵が十九歳の時に死去して一家は離散した。鶴岡に留まった母娘は屋敷勤めで暮らしたが、その頃から年恵は生涯月経がなく、一日に鶏卵一、二個ほどしか食べぬ体になった。それでいて力は大男顔負けで、屋敷の男衆と腕相撲をしても手もなく負かし、大桶を軽々と運んだという。
原典より
今からおよそ八十年ほど前に実在した「長南年恵」という女性は、驚くべきことに、「一四年もの間、飲食物を取らず、大小便などの生理現象もなかった」と伝えられる。—— 新心霊科学事典 ― 人類の本史のために(田中千代松(編)・心霊科学・超心理学 事典・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新心霊科学事典 ― 人類の本史のために(田中千代松(編)・心霊科学・超心理学 事典・1984年(昭和59年))
『新心霊科学事典――人類の本史のために』は、田中千代松が一九八四年に編んだ心霊科学の事典である。十九世紀半ばのハイズヴィル事件に始まるスピリチュアリズムと心霊研究・超心理学の用語、国内外の研究者・霊媒・研究団体を、多くの寄稿者の執筆による項目で解説する。巻頭の論説「人類の将来」、五十音順の「現象編」と「人物・組織編」、巻末の「総括と展望」とあとがきから成る。