霊媒の口から出た亡父の岡山弁
どんな伝承か
昭和八年六月、著者は東京・市ヶ谷の心霊相談所で、義父に続いて大正七年に岡山で亡くなった実父笠井吉夫の霊を呼んでもらった。審神者の岡田熊次郎が招霊の詞を唱えると、霊媒の中西りかはすぐに微笑み、前かがみに膝へ手を置く父そっくりの姿勢になって、著者を幼名で呼び、完璧な岡山弁で語り始めた。父は息子が金光教の中学から大本へ移ったことを咎めず、信心に励めと諭した。三重県生まれで何も知らないはずの霊媒が、呼び名や姿勢、方言、家の宗旨替えまで言い当てたことから、著者は父の霊に違いないと信じたという。
原典より
第三に、三重県生まれの中西さんが完璧な岡山弁を使ったこと。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。