半蛇姫の見送りの夕立
どんな伝承か
浅野和三郎ら一行が審神者による鎮魂の会を終えて自動車で天王寺まで来ると、それまで晴れ渡っていた空が急にかき曇り、梅田の方角に稲光が二度きらめく大夕立となった。浅野は「半蛇さんのお見送りかな」と語った。梅田駅前の大正日々新聞社に戻り、天津祝詞を奏上し終える頃には再び晴れ上がったが、憑依していた岡本青年が体の異変を訴えたため再鎮魂すると、万代池の主・半蛇竜神が現れ、見送りに雨を降らせたことと、万代池はもとは「半蛇池」という名だったのを人が誤り伝えたものだと告げたという。
原典より
一行の乗った二台の自動車が天王寺まで来るか来ぬかに、こはそもいかに、今の今まで拭うが如く晴れわたっていた空が、一天俄かにかき曇った。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。