松川塾の寝室に立つ雪の裸婦
どんな伝承か
泉鏡花の小品「妖怪年代記」の話。山田という青年は、金沢の古寺町にある松川私塾に寄宿生として入った。塾はもと千石取りの旗野家の館で、血天井、開かずの間、竹藪という三つの不思議があり、それを確かめたかったのである。昼でも薄暗い開かずの間には煙のように蜘蛛の巣が垂れ、夕べには糸のように細い女の泣き声が聞こえた。ある晩、寝室の灯の蔭に、雪で形づくったような裸の女がおぼろに立ち、翌晩も恨むような泣き声が柱や襖を伝って響いた。ところがそれらはみな、塾主の松川が怠け者の妹を叱っていた声を、山田が夢うつつに取り違えたものだったという。
原典より
翌日の夜半には「怨むが如き婦人の泣聲、柱を回り襖を潜り、壁に浸入る如くなり」というふうであった。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。