太鼓を百八回打った宮跡のモロの木
どんな伝承か
平城宮跡の西北には、樹齢数百年とみられるモロの木が昭和四十一年の末まで立っていた。昔、天皇がこの場所から正月元日に皇太神宮を遙拝されたと伝え、その際には大宮人に知らせるため、太鼓を七・五・三と数えて百八回打ち鳴らしたという。二条町では今もこれにならい、毎年元日に除夜の鐘が鳴り終わると、町の持つ大太鼓を同じく七・五・三に百八回打っている。
原典より
平城宮跡の西北に数百年もたったかと思われるモロの木が昭和四十一年末まであった。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史)
『奈良市史 民俗編――伝説』は、自治体史『奈良市史』民俗編のうち、第十一章「伝説」と巻末の「民俗資料」の冒頭を収めたものである。昭和三十七年から三か年にわたり市内各町の自治会長や古老、社寺を訪ねて集めた伝説に文献の伝えを加え、春日大社・東大寺・興福寺などの社寺や、吉備真備・俊寛・中将姫らゆかりの人物にまつわる話を収める。木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の十節に分け、一話ごとに題を立てて記す。