沖へ出たまま還らなかった宿の亭主
どんな伝承か
六年ぶりに小子内を訪れると、板橋の先にあった宿屋の清光館は影も形もなく、石垣ばかりになって南瓜の花が盛りであった。村の人の言うことを総合すると、つまり清光館は没落したのである。月日不詳の大暴風雨の日、村から沖へ出て還らなかった船があり、この宿の小造りな亭主もそれに乗っていた。女房は今、久慈の町へ出て奉公をしており、二三人ある子供を傍に置いて育てることもできないのは可哀想なものだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。