石を投げて火事を当てる男
どんな伝承か
遠野の町に芳公馬鹿という三十五六の男がいて、白癜で一昨年まで生きていた。この男の癖は、路上で木の切れや塵などを拾って捻り、つくづく見つめては嗅ぐことであった。人の家に行っては柱などをこすってその手を嗅ぎ、何でも眼の先まで取り上げてにこっとしては嗅ぐ。この男が往来を歩きながら急に立ち止まり、石などを拾い上げて近くの人家に打ち付け、けたたましく火事だ火事だと叫ぶことがあった。そうすればその晩か次の日に、物を投げつけられた家が火を発しないことはない。幾度となく同じことがあり、後には家々も注意して予防したが、ついに火事を免れた家は一軒もなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。