関根屋三階で行われた千鶴子の透視
どんな伝承か
千里眼として世間の注目を集めた御船千鶴子は、上京後の実験を重ねた末、十七日の午前八時から、宿にしていた神田淡路町の旅館関根屋で十一人の博士立ち会いの透視実験に臨んだ。三階の十畳を実験室とし、隣室から井上博士が監視、ほかの博士や新聞記者を含め三十余名が集まった。六人の博士と後藤教授が七枚の名刺に一つずつ文字を書き、伏せて混ぜたうえで一枚を抜き、内側を黒く塗った錫の円筒に納め、さらにビロード張りの木箱へ入れて紐で縛り、封印して容易に開かぬようにした。千鶴子は十分二十一秒でこれを言い当て、封は少しも乱れていなかった。二回目は体調不良のため中止された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方編著・日本怪奇集成・昭和初期(推定昭和2-3年))
明治・大正・昭和の怪奇譚(日本怪奇集成)/生首と幽霊の怪/狐狸のいたずら/怪盗と世相の怪異/各時代の不思議な事件