無礼討ちにされた山伏と絶えた広田家
どんな伝承か
仙台城下に番士広田甚八の屋敷があった。甚八は酒好きで真っ昼間から大酌した。ある日、屋敷の門前で法螺貝を吹き鳴らす山伏がいたので怒鳴りつけ、これも修行だと答えられると、酔った甚八は刀を抜いて追いかけ、肥溜に落ちた山伏の命乞いも聞かずに首を刎ねてしまった。無礼討ちの届け出はお咎めなしとなったが、甚八の酒量は増して狂乱し、屋敷牢に閉じ籠められて半年後に死んだ。家督を継いだ甚五郎が江戸詰めを命じられた祝宴の日、一人の山伏が来て、まだ広田家は亡びぬか、と言い残して消えた。江戸へ移った甚五郎は失明して労咳で亡くなり、子の彦兵衛となかも病死、妻女も後妻先で事故死した。山伏の祟りと騒がれた話である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪談の世界(山田野理夫・昭和中期(1977年頃))
ザシキワラシ(座敷童子)と福の神(怪談の世界)/遠野・東北の怪異伝承/家運の盛衰と怪音/妖怪と幽霊譚/山田野理夫の怪談採集