怪力の僧トウセン坊の末路
どんな伝承か
奥州稗貫郡高松の高松寺に捨て児があった。住職に育てられ宗元と名のったが、物覚えは悪く、背丈が高く力があった。観音堂に百日籠って力を願うと、満願の夜に観音が現れ、悪には使うなと告げて赤い毛毬を投げてよこした。宗元は草相撲で相手の肋骨を折るほどの怪力となり、鬼元と呼ばれた。高清水の天神祭では一抱えもある桜の木を倒して腰掛けにし、立ち上がった拍子に見物人を撥ね飛ばして恨まれた。高松を出た宗元は本山の稚児を攫って秋田の仙北へ越え、能登の石動でトウセン坊と名のり、越前の三国の浦に流れ着いた。乱行に困った三国の人々は花見に招いて酔わせ、七人が断崖から突き落としたが、トウセン坊は七人を抱えたまま海へ沈んだ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東北怪談の旅(山田野理夫・1974年(昭和49年))
『東北怪談の旅』は、山田野理夫が昭和四十九年に編んだ東北地方の怪談集である。青森・秋田・岩手・宮城・山形・福島の六県に伝わる妖怪や幽霊の話、飢饉と間引にまつわる話、江戸時代の奇談などを、一番から一六三番までの短い話として収める。各話の末尾に県名を記し、恐山や飢饉の記録にふれて東北の怪談と怨念を結びつけるまえがきと、怪談観や霊能者をめぐる回想を記したあとがきを付す。