余燼の落ちぬ松明と狐火
どんな伝承か
仙台領の武人梅津河右衛門が、夏のある夜、一人の朋輩を連れ、生魚を捕るため投網を提げてマコ沢の方へ川伝いに網を打ちながら堤防を進んだ。両岸には狐火がおびただしく燃えていた。やがて向こうから松明をともして魚を漁る人間が一人出て来たが、その松明の火は炎が上に立つばかりで下へ落ちる余燼がまるでないので、怪しい火だと見て用心して行った。互いに一間ばかりに迫ったところ、その者は掻き消すように見えなくなり、火ばかりが空中を飛んで岡の上へ逃げて行った。狐が化けて近寄り、二人の獲った年魚を奪いそこねたものと知られたという。『奥州波奈志』に見える話である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。