舞の最中に消えた彦兵衛と舞扇
どんな伝承か
『快談年男』の「亡魂舞踏」より。鉄砲洲から築地西本願寺のあたりは江戸の東南、海辺の景勝地であった。この辺に棟門の高い弓場の家があり、隠居した岩崎氏は七十に及んでなお堅固で、謡と仕舞を好み、寝ても夢の中で謡うほどであった。長く出入りしていた小網町の町人彦兵衛は、京都へ誂えた舞扇を携えて、ある夕べ久しぶりに訪れ、遅参を詫びた。主は喜んで酒宴を催し、ともに舞を舞ったが、その最中に彦兵衛の姿はかき消え、庭を探しても影も形もない。翌朝、彦兵衛の子藤七が扇を持って訪れ、父は昨日死に、末期に扇を届けよと遺言したと告げた。前夜に見たはずの扇はどこにも無かったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
井上円了 妖怪学講義(井上円了(平野威馬雄 編著)・井上円了・妖怪学・明治(原著)・現代(編))
哲学者・井上円了(妖怪博士)の畢生の大著『妖怪学講義』を、平野威馬雄が編んだ普及版。円了は真の宗教信仰の障害となる迷信を打破するため、あらゆる妖しきものの正体究明に一身を捧げ、妖怪を物怪・心怪・理怪に大別し、物怪心怪を仮怪(説明可能な迷信)、理怪のみを真怪とした。本書は理学・心理学・宗教学・雑の各部門から具体例を抄録する。序ではコックリ(狐狗狸)を西洋のテーブルターニング由来の無意識筋肉運動と解明。