九段坂で車を押した女房の幽霊
どんな伝承か
明治十四、五年ごろの噂を種にしたという落語がある。女房に先立たれた車夫が、赤ん坊を懐に入れたまま人力車を挽いている。客が気の毒がって事情を聞くと、乳も飲ませてやれぬ暮らしを哀れんで、女房が夜になると出てきて乳を含ませ、坂にかかれば後ろから車を押してくれるのだと語った。折しも闇の九段坂である。客は背後で幽霊が押していると知って生きた心地もなく、酒代を渡して途中で降り、多すぎると言う車夫を振り切って逃げた。なるほど幽霊車だ、道理でおあしがない、と落ちがつく。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
民俗怪異篇(磯清・磯清・民俗怪異)
『民俗怪異篇』は、磯清が著した民間の怪異をめぐる随筆集である。馬を襲う魔物ギバとその禁厭、阿波の首切れ馬「夜行さん」、姫路城の刑部姫や猪苗代城の亀姫などの城の怪、化け猫、灯火による占い、秩父三峰の狼の信仰と狼の怪、怪談を題材とする落語を取りあげ、各地の言い伝えや古い記録を引きながら語る。序に続いて「馬の災と馬の怪」「城の主」「猫」「灯の占」「狼の噂」「落語に存在する怪談」の六篇を置き、それぞれを小見出しの短い話に分ける。