トップ > 島根県の伝承 > 西ノ島町

吉田の社と日御崎の狐なし証状

所在地島根県隠岐郡西ノ島町大字宇賀
年代文政期頃
登場万蔵、利平太、万蔵の父
出典つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて

どんな伝承か

小祠を海に流して二、三年は無事だったが、やがて万蔵の家には狐がついているとうわさする者が現れた。悔しく思った父利平太は、別府村の宇野石見が上京する折に同行し、吉田の社に祈禱を頼んだ。神主は、この家に狐のさわりなど見えない、今後もそう言う者がいれば知らせよと述べ、その旨を書状で村の庄屋に伝えたので、世間の口はいったん静まった。訴状の八年ほど前には、村に徳田屋狐のたたりがあると騒がれ、願成寺や海前寺の祈禱でもかえってたたりが増えた。万蔵は兄弟の徳田屋林太夫と出雲の日御崎に参って祈禱を受け、両家に狐はいないという書状を庄屋に送ってもらって、うわさを鎮めた。

原典より

「お前の家に、狐のさわりなど一向にないようであるが、今後、やはりそういつた噂をするものがあれば、当方に知らせるように・・・」と仰せられ、その趣旨を当村庄屋宅へ、書状で御指示になりました。—— つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年)) より引用
地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年))

『つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、柏林書房から刊行した憑きもの筋の研究書である。島根の狐持ちの家に生まれた著者が自らの体験を語り、破談や絶交など迷信が今も残す実例、蛇持ち・犬神・外道・とうびょうなど十一種の類別、人狐物語や松江藩の御触書、隠岐の訴状などの文献を取りあげる。後半では近世中期以後の新興地主と村八分から迷信の発生を説き、柳田國男と恒松安夫の序を付す。

種別から探す

狐持ち噂祈禱徳田屋狐

西ノ島町の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて』の伝承