兵生の木地屋と縁組忌避
どんな伝承か
紀州では熊野山中の話ばかりを聞いている。西牟婁郡二川村兵生の山には、明治三十年頃に阿波から五、六戸の木地屋が来ていたが、後にまたどこかへ去った。初めて知ったことは、彼らが単に「木地」と言っていたものが脚のある白木の高杯で、神祭の用に限って用いられることである。言語も習俗も土地の者と同じでなく、また木地屋は神の器物を作る者だから、その娘をもらうと位負けがするなどといって、一般に縁組みを望まれなかったが、なかなか美人が多く、一、二人は常人に嫁している者もあった。また御幣餅を作って食う風があり、握り飯を串に刺して焼き味噌をつけたものだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。