② 袖掛けの松の周辺
どんな伝承か
宮久保坂にあった「袖掛けの松」は、二かかえもある太さで、盆栽を大きくしたような姿のよい神木であった。道路拡張のため伐採が話題になった際、当時の浮谷市長が地元で意向調査を行ったが、結局は昭和二十五年頃に切られてしまった。切る際に子供が一人亡くなったとも伝わり、松丸栄は「今も残っていたら市川の名所になったろう」と惜しんでいる。
原典より
馬力ばかり通って、千葉には石がないでしょ。—— 市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年))
『市川の伝承民話 第2集』は、市川民話の会が昭和五十六年に発行した民話資料集である。千葉県市川市の曽谷・宮久保・下貝塚と行徳の古老から聞き取った、狐や狢に化かされた話、火の玉、伝説、昔話、唄、暮らしの禁忌や苦労話を、方言を残した語り口のまま記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部を地区別に並べて各話の末に話者と記録者を記し、巻末に語り手の紹介、話者と採訪者の名簿、採訪記、あとがきを付す。