下貝塚は曽谷の分地
どんな伝承か
下貝塚はもともと曽谷の分地とされ、話者によれば曽谷に住居があった人々が海岸へ貝を採りに来て、そのまま暮らし着いたのが始まりだという。春日神社の下はどこを掘っても貝殻ばかりで、かつて入り海だったこの一帯で貝を採っては剝いて捨て、家へ持ち帰って食べていたのだろうと語る。曽谷にあった昔の学校の裏あたりに人々が住み暮らしていたらしいとも伝えている。
原典より
2 下貝塚と大野新田のウツギ境3 下貝塚の地名4 土地の通称5 下貝塚の屋号6 下貝塚の草分け7 兵衛の付く屋号8 ワタヤ9 マタベエ10 エドヤ(1)~(8)—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成初期刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成初期刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第6集』を全140話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。