下貝塚と大野新田のウツギ境
どんな伝承か
下貝塚と大野新田の境には道がなく、ウツギの木で区切られているという。昔は土地を広く持つと年貢ばかり取られるため、名主同士が「これはそちらの土地だ」と互いに押し付け合う「おっつけっくれ」が行われ、そのため境界に道を作らずウツギで済ませたのだと話者は語る。大野新田は十二、三軒ほど、下貝塚は四十軒ほどの小さな部落同士で、互いに広い土地を持て余していたのだという。
原典より
3 下貝塚の地名4 土地の通称5 下貝塚の屋号6 下貝塚の草分け7 兵衛の付く屋号8 ワタヤ9 マタベエ10 エドヤ(1)~(8)11 タテバからセンベヤへ—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成初期刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成初期刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第6集』を全140話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。