二張の弦が断れた夜の女の生首
どんな伝承か
出羽の国庄内から四、五里の在所に、酒井家の浪人が侘び住まいをしていた。弓術の奥義を極め、百発百中と評された人で、暇があれば弓箭を携えて山野を狩り暮らしていた。ある日、狐の穴籠りを見つけ、青葉を積み重ねて燃し、煙を穴の中へ吹き入れると、飛び出した三匹の子狐を難なく射止めた。その夜、妻女に揺り起こされて見ると、座敷の隅に三尺ばかりの女の生首が、鉄漿を黒々とつけた口をあけて笑っている。弓を取って矢をつがえようとすると弦は断れており、二の弓の弦も断れていた。絶体絶命のところを妻女が投げた火桶の火と灰煙で生首は消え、灰の中には猫の足跡と毛の焼けた臭いが残っていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
民俗怪異篇(磯清・磯清・民俗怪異)
『民俗怪異篇』は、磯清が著した民間の怪異をめぐる随筆集である。馬を襲う魔物ギバとその禁厭、阿波の首切れ馬「夜行さん」、姫路城の刑部姫や猪苗代城の亀姫などの城の怪、化け猫、灯火による占い、秩父三峰の狼の信仰と狼の怪、怪談を題材とする落語を取りあげ、各地の言い伝えや古い記録を引きながら語る。序に続いて「馬の災と馬の怪」「城の主」「猫」「灯の占」「狼の噂」「落語に存在する怪談」の六篇を置き、それぞれを小見出しの短い話に分ける。