咬殺された男
どんな伝承か
信州の松本在と聞く、牛山という土地の資産家の家での出来事である。一、二年来たびたび金がなくなる。しまってあるのは母屋から廊下続きの内倉で、外から入った泥棒なら跡があるはずだが、何一つ壊れておらず足跡もない。巡査が内密に調べても外からの侵入でないと明白になり、盗人は家内にいると睨まれた。二十人以上が主人の目から疑われ、探り合ううちにも金は無くなり続けた。親類に勧められ、主人は自ら遠い路を三峰まで出向いてお犬さまを借り、お札の箱を土蔵の正面に掛けた。試しに金を置いておくと、ある日の灯ともし頃、土蔵へ行った下女が唇の色を変えて飛んで来た。駆けつけると土蔵の真ん中に一人の人間が仰向けに倒れていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
民俗怪異篇(磯清・磯清・民俗怪異)
『民俗怪異篇』は、磯清が著した民間の怪異をめぐる随筆集である。馬を襲う魔物ギバとその禁厭、阿波の首切れ馬「夜行さん」、姫路城の刑部姫や猪苗代城の亀姫などの城の怪、化け猫、灯火による占い、秩父三峰の狼の信仰と狼の怪、怪談を題材とする落語を取りあげ、各地の言い伝えや古い記録を引きながら語る。序に続いて「馬の災と馬の怪」「城の主」「猫」「灯の占」「狼の噂」「落語に存在する怪談」の六篇を置き、それぞれを小見出しの短い話に分ける。