玄関の雲壁に貼りつく男
どんな伝承か
長蔵の父もまた長蔵といい、代々田尻家の奉公人として妻とともに仕えていた。若い頃、夜遊びに出てまだ宵のうちに帰り、門口から入ると前に人影が立っている。懐手をして筒袖の袖口を垂れ、顔は茫として見えない。妻おつねのもとへ通うヨバヒトかと思って近寄ると、裏へは逃げず玄関の方へ寄る。腹立たしくなってなお進むと、後ずさりしたまま三寸ばかり開いた戸から中へ入った。手を差し入れて探ると障子は正しく閉まっている。恐ろしくなって見上げると、その男が玄関の雲壁にひたと付いて自分を見下ろし、首は垂れて頭に触れそうで、眼の球は尺余も抜け出ているように思われた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。