手の上に重なって見えた顔
どんな伝承か
田尻丸吉という人が自ら遭ったことである。少年の頃、ある夜、常居から立って便所へ行こうと茶の間に入ると、座敷との境に人が立っていた。幽かではあるが衣類の縞も眼鼻もよく見え、髪を垂れている。恐ろしいながら手を伸ばして探ると板戸にがたと突き当たり、戸の桟にも触れた。ところが自分の手は見えず、その上に影のように重なって人の形がある。顔のあたりへ手をやれば、また手の上に顔が見える。常居に戻って人々に話し、行燈を持って行って見た時には、もう何物もいなかった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。