形見の釣竿が導いた四人の墓
どんな伝承か
文久二年の話である。鶴岡酒井家の勝田忠兵衛は、長い江戸詰を終えて娘に婿を取らせ、隠居して国もとに帰った。下男を供に海釣りに出るのが日課となる。釣場で豪商の隠居と名乗る者に江戸仕込みの竿を褒められ、家に招かれた。床の間の見事な釣竿を所望すると、家の若い女が父の形見だと言って譲ってくれた。その夜、忠兵衛は夢を見る。隠居は若い頃に友人と一人の女を争って斬殺し、その妻子とともに脱藩して酒田で商人となり、いまは鶴岡にいる、友人の形見はこの竿一本だという。翌日、竿を返しに行くと家はなく、四人の名を刻んだ墓があった。忠兵衛は竿を墓穴に納めた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃)
東北怪談の旅(山田野理夫)/飢饉の非業の死と怨念/巫女(イタコ)の口寄せ/座敷童子・河童の怪/東北各地の幽霊伝承