狐持ちを大組と呼んだ部落
どんな伝承か
高橋タツの申告を受けて法務局の調査官が報告した内容による。申告者の高橋家が狐持ちだということは、中崎長一が言いだすまでもなく既にその色彩があったようだが、タツが大野村の狐持ちの家から嫁いできたことで決定的になったと思われるという。このタツの実家がある魚瀬部落では、ほとんど全部落が狐持ちの家で、全戸数百戸ほどのうち無色すなわち狐持ちでない家は十五戸ほどしかない。そのため部落では狐持ちの方が大組と呼ばれ、無色の方が小組と言われているほどであった。狐持ちの方が数でも勢力でも勝る部落である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版)
『憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、昭和三十一年に書き加えて新版とした研究書である。出雲・隠岐を中心とする山陰の狐持ちなど、家筋に結びつけられた憑きもの迷信を、法務局が扱った人権事件、藩の触書や村の古文書、加茂町の世帯調査から集めている。狐持ちの家に生まれた著者の体験から説き起こし、江戸中期以降の新興地主への反感に起こりを求める。柳田国男が序を寄せている。