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人狐を妄説と断じた松江藩の御触書

所在地島根県松江市
年代寛政三年八月(1791年)
登場千家兎毛、北島主膳、出雲大社宮司
出典つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて

どんな伝承か

寛政三年八月、松江藩庁は神門郡二部村の人狐事件を契機として、迷信打破の御触書を国中へ出した。触書は、狐持ちの汚名を蒙った者が父子・兄弟・夫婦から親戚の端に至るまで絶縁され、田畑や山林家屋敷を売ろうにも買い主がつかず、諸人の難渋は一方ならぬものがあると指摘する。人狐と言いはやして誰それが見た、殺したという動物は、むじな・水いたち・黄ねずみ・山みさきの類にすぎず、和漢の書籍にも人狐は載っておらず、有識者にも神社仏閣の人々にも心当たりがないという。ゆえに人狐の説は中古以来の邪説であるとし、今後これを触れ回って親戚間の不和を招く者があれば進んで訴え出よと命じた。

原典より

これらはみな自己の疑心から言いだしたことであり、人狐という動物など、実際には居ないのであつて、和漢の書籍にも人狐などのつてはいない。—— つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年))

『つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、柏林書房から刊行した憑きもの筋の研究書である。島根の狐持ちの家に生まれた著者が自らの体験を語り、破談や絶交など迷信が今も残す実例、蛇持ち・犬神・外道・とうびょうなど十一種の類別、人狐物語や松江藩の御触書、隠岐の訴状などの文献を取りあげる。後半では近世中期以後の新興地主と村八分から迷信の発生を説き、柳田國男と恒松安夫の序を付す。

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